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45-08:これ、俺らの曲やで・・・「満月の夕」<02/09/09>

 

「ケンイチ徒然日誌」というページから阪神淡路大震災を応援する歌があるというお話を紹介します。
今回紹介するのは、おやCALと同じ形式で書かれています。
(02/08/30)


ゴーヤーバンケットのレパートリーに加わった『満月の夕』。
ネットに散在するこの曲の解説を編集してお届けします。
(02/08/30)


●阪神大震災

阪神淡路大震災から1年7ヶ月がたった8月22日、神戸市長田区四番町の地蔵盆にソウル・フラワー・モノノケ・サミットの歌声が響いていた。

1995年1月17日早朝に起きた阪神・淡路大震災。
幸い被害を免れた大阪在住の彼らは『自分たちの持っている音楽で「何かせな」』という心中から避難所を巡り歩くこととなる。

音響設備もなく、電気さえ通わない街で大きな音を出す、ということで彼らは「チンドン楽器」を使って出前ライヴをこなしていく。
最初の出前ライブは震災後24日目の2月10日、神戸市立青陽養護学校の正門前の水汲み場だった。出前ライブ数はこの1年で70を越える。

●彼らでしか作れない応援歌

レパートリーは行く先々の人たちと心を通わせていくうちに自然と増えていく。
戦前のはやりうた・労働歌・ヤマト民謡・アイヌ民謡・・・。
その中で生まれた彼らなりの、彼らでしか作れない応援歌、それが「満月の夕(ゆうべ)」である。

『なんか、1年目ぐらいかな、NHKの人が長田に来てはって<満月の夕>が店でかかってて、NHKのおっちゃんに、ちっちゃい子らが「これ、俺らの曲やで、長田の曲やで」いうて説明しとってメッチャ嬉しかった。「もうそれだけでいいっす」っていう感じで(笑)。』

●「どんな音になってもあんたら歌てること、一緒やんか。」

『震災で知り合ったおばちゃんが、「今度あんたらの歌聴きに行く」、って言ってくれた。「ここでやってる歌と違て音やかましいで」って言ったらおばちゃん、

「どんな音になってもあんたら歌てること、一緒やんか。
それ聴きにいくねん」って。』

ヒットチャートをにぎわすこともなければ、メディア上で歌われることもほとんどなかった「満月の夕」。
しかしこの唄は、在阪のアーティストを中心として多くの人々により歌い継がれている。

  風が吹く港の方から 焼け跡を包むようにおどす風
  悲しくてすべてを笑う 乾く冬の夕
  時を越え国境線から 幾千里のがれきの街に立つ
  この胸の振子は鳴らす 「今」を刻むため
  飼い主をなくした柴が 同胞とじゃれながら道を往く
  解き放たれすべてを笑う 乾く冬の夕

  ヤサホーヤ うたがきこえる 眠らずに朝まで踊る
  ヤサホーヤ 焚火を囲む 吐く息の白さが踊る
  解き放て いのちで笑え 満月の夕
  星が降る満月が笑う 焼け跡を包むようにおどす風
  解き放たれすべてを笑う 乾く冬の夕

  ヤサホーヤ うたがきこえる 眠らずに朝まで踊る
  ヤサホーヤ 焚火を囲む 吐く息の白さが踊る
  解き放て いのちで笑え 満月の夕
  解き放て いのちで笑え 満月の夕


- fin -


■NHKに『そして歌は誕生した』という番組があります。
曰く、「何気なく聴き、口ずさんできた数々のヒット曲。
心に残るあの歌この歌が、どのように誕生したのか。
その生い立ちをたどり、創作の裏側に秘められた物語やエピソードを証言と紀行で綴る歌謡ドキュメント。」だそうで、例えば美空ひばりの『悲しい酒』や石川さゆりの『天城越え』の誕生秘話を作詞家や作曲家、モデルとなった人物や歌い手の証言で構成します。

「うた」は「うた」であり、その「うた」が流れる瞬間が全てだ、と思っています。
その「うた」がどんな背景を持っているか、とか、その歌い手がどんな人となりであるのか、といったようなことは「うた」の本質とはまったく関係が無い、と。

しかし、ワタシ、上の番組が大好きなのです。
この番組では秘話の前後にネタとなる「うた」が流れるのですが、もう、まったく違う「うた」にさえ聞こえます。

『満月の夕』はその背景など知らなくても素晴らしい曲です。
背景を語るなど野暮だ、とも思ったのですが。
明日は「旭ヶ岡の家」でのライブ。
オジィやオバァにオレ達のチムをぶちかましてやりましょー。
※チム・・・沖縄ことば。魂、心、気持ち

・・・ken


◆実はこの「ケンイチ徒然日誌」の作者佐藤健一氏はシステム関係の仕事をしており、弊社のインターネット関係の管理もしていただいている方です。
おまけに数ヶ月前から一緒に沖縄音楽を演奏するバンドを一緒にやっております。

そのバンドで特別養護老人ホームでライブをやることになったのですが、その前日に、上記の文がメールで届きました。
おやCALも読んでいただいているので、その形式を真似て書いてくれたようです。

コンピューター関連の仕事をしているのに(?)、私と違ってスポーツ大好き、アウトドア大好きな方です。
私と同じといえば、涙もろくてすぐ泣いてしまうこと。
なんでもNHKの「プロジェクトX」を見ては、毎回泣いているという噂も聞いております。

さて、阪神淡路大震災が起きたとき皆さんは何をしていたでしょうか?
早起きの私は偶然朝のTVのニュースでそのことを知りました。
TVの画面にはあの高速道路が崩壊した画像が映し出されていました。

悲しいとか辛いとかいう感情の前に、まるで映画のようなそのシーンの現実ばなれしたその凄さにあまりに驚き、うかつにもワクワクしてしまいました。
その後、刻々とその被害の状況が伝わるにつれ、ニュースを見るたびに涙がとまりませんでした。

そういえば明後日は9月11日。
あの日も阪神・淡路大震災と同じような衝撃がありました。
救いは阪神の場合、「憎しみ」は残らなかったこと。
アメリカも「憎しみ」とは違うものを見つけてくれることを願っています。

災害や事件にあった人を救う方法はいろいろあります。
食料や衣類、住むところやお金などはまず一番に必要とされるものですが、ある程度被害も落ち着いて周りの人の記憶が薄まっていった頃になると、心の問題が心配になります。

音楽そのものはおなかの足しにはなりませんし、寒さを和らげるものではありません。
でもある時音楽は、それ以上に被害者を応援する場合もあるのです。

「ゴーヤー・バンケット」というバンドで特別養護老人ホームの利用者の前で演奏したわけですが、三線(サンシン)とアコーディオンなどの懐かしい響きは、ことのほかお年寄りに評判がよかったようです。

恥ずかしい話ですが、この年になってやっと今までやってきた音楽で、「世の中の役に立てるようなことをするって、気持ちのいいことじゃない」って思う今日この頃です。


 
・・・end


 

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