●57-03:「やらせ」を考える
<06/11/13>
●国がやらせ?
最近、国が行っていたタウンミーティングでの質疑応答において、「やらせ」があったとしてメディアで問題視されている。
テレビでは、国会で野党の皆さんが「民意というものをどう考えているんですか!」と、今にも食いつきそうな勢いで質問をぶつけている姿を何度も流している。
番組のコメンテーター達も口を揃えたように、非難、批判のオンパレード。
どうやら世の中的には「やらせ」はよくないようである。
でもホントにそうなんだろうか?
●「やらせ」は必要悪か
私も今まで何度かディスカッション的なイベントに参加してきた。
最後にはやはり質疑応答の時間が設けられている。
その質疑応答では「やらせ」は存在しなかったか?
いやごくごく普通に質問をする人は事前に準備されており、司会者は「待ってました!」とばかりに手を上げた人を指名していた。
これは果たしてよくないことなのだろうか?
「真実でないものは全て悪だ!」というのであれば仕方がないが、質疑応答の時間に「シーン」という気まずい時間が流れたまま閉会するよりはまだマシなのではないか?
参加者の意見を引き出すためのトリガーは、少なからずあってもよいのではと考えてしまうのだ。
●脚本のマズさ
今回問題にされている「やらせ」において、あえてケチをつけるとすれば、その脚本のマズさである。
なんだあの質問は?ちっとも質問ではないではないか?
しかも賛成の方だけ質問を用意するとはお粗末すぎる。
せっかく準備するのであれば、反対意見も用意すべきなのだ。
あげくの果てに「棒読みはしないで」「依頼されてることは言わないで」などと当たり前のことを、しかも口頭ではなく文書に残すというお粗末さは、今回の批判の的となっても仕方がない。
●テレビ業界はやらせの宝庫
私はテレビを見るのが大好き。
そのテレビの世界というのは、言ってみれば「やらせ」の宝庫だ。
例え、某国営放送のドキュメンタリーであっても、そこに編集という作業が入ってしまえば真実を伝えているとは言えないのだ。
編集者は、集めた素材の中から視聴者に伝えたいテーマを選び出し、順番を並び替え、そのシーンに合った仰々しいBGMをつける。
国会の生放送は比較的真実に近いかもしれないが、実際の現場で行われているであろう「やらせ」のことを考えたら、「真実」とは言いがたい。
●アレもコレも・・・
テレビ番組でもよく「やらせ」は問題にされる。
釣り番組で魚が釣れなかったので買っておいた魚を使う。
街頭インタビューで意見を操作する。
暴走族にお金を払って暴走行為をしてもらう。
効きもしない薬を飲んで「私も毎日飲んでます!」と喜ぶ。
当たりもしない占いおばさんの言うことを真に受ける。
オーラが見えるというおじさんの言うことで涙を流す。
●楽しむ余裕
そういえば私がよく見る「さんまのからくりTV」の替え歌コーナーに出てくる素人さん。
あんな面白い人ばかり、ホントにいるんだろうか?
何故かアノ素人さんに似た人を他の番組でもよく見かける。
でも私は全然気にしない。
だってみんなエンターテイメントなんだもの。
犯罪やよほど人の心を傷つけるようなことでなければ、さほど気にしない。
「やらせ」を歓迎しろとは言わないが、「やらせ」を楽しむくらいの余裕があってもいいんじゃないだろうか?
私が参加しているバンドのライブ。
決まって最後はアンコール。
「最後の曲です」と言いながら、その次の曲の準備をしている。
会場では友人が「アンコール!アンコール!」と声を張り上げる。
後で1杯おごらなくちゃな・・・^_^;
<06/12/04追記>
その後の報道で、「やらせ」に加えて、お金のやりとりが発覚・・・。
エンターテイメントとしての「やらせ」は容認できますが、お金がからんでくるとなると「どうなってんのヨ!」と言いたくもなります。
えぇ、もちろん私共、お金払ってまでアンコールなんてお願いしてないっす!
・・・end


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