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47-08:塀の中のリズム <03/06/05>

 

●少年刑務所に少年はいない

中学生3年の頃からベースという楽器を弾くようになって、もう30年になろうとしています。
一度はプロになることを漠然と夢を見て上京して、曲がりなりにもお金をもらって人前で演奏するという経験もしてきました。
30歳を過ぎて地元函館に帰ってきてからも、ライフワークとしての音楽活動は続けており、今でも様々なところでライブをやっています。

そんな中でとても印象に残っているライブがあります。
それは函館にある少年刑務所内での慰問ライブです。
少年刑務所というと、未成年の少年が入所しているものだと思っていましたし、辞書で調べても「少年である受刑者、刑事被告人を収容する刑務所」と書いてあります。

  
刑務官の方に聞いたところによると、この「少年」というのは「未成年」という意味ではなく、「刑期が少ない」という意味での「少年」なので、70歳になるお年寄りもいるんだそうです。

●いくつもの扉の向こうに

当時の私たちのバンドは、サンタナという人の曲を主に演奏していました。
ジャンルで言うとラテンロックとでもいいましょうか、ギター、キーボード、ドラムス、ベース、それにパーカッションが3人おりました。
まぁ一応「ラテン」ということですので、じっくり聴くタイプの曲はどちらかというと少ないわけです。(ブラックマジックウーマンという曲をご存知の方も多いはず)

大所帯でもありますので使う楽器の数も多いのですが、それを演奏する会場まで運ぶのが大変でした。
何しろ、そこまでに刑務官でないと開けられない扉がいくつもあるのです。
やっとたどり着いた会場は、教室2つ分くらい、幼稚園の体育館程度の大きさでした。
一応舞台と呼べるものもあり、客席には既に折りたたみ式の椅子が整然と並べられていました。

サウンドチェックとリハーサルも済み、別の部屋で待機してしばらくすると、刑務官が「そろそろ時間です」と呼びに来ました。
我々7人は、まるで7人だけの卒業式の会場に入場するように、さきほどの会場に縦一列に並んで入っていきました。
まだ誰もいませんので、もちろん拍手はありません。

●会場の匂い

楽器を持ち「準備OKです」と刑務官に告げると、刑務官の合図とともに受刑者の皆さんが入場してきました。
縦一列に並び、足と手を全員同じように振りながらの入場です。
リハーサルのときには気が付かなかったのですが、会場の中に独特の匂いがしてきました。
なんといったらよいのでしょう。
ホコリっぽい匂い、昔っぽい匂いとでもいうのでしょうか。
丸坊主にした頭、みんな同じ制服。
なんとなく心が痛くなったような気がしました。

さっそく1曲目を演奏します。
「ん?」・・・反応がありません。
「どうしたんだろう・・・こういうリズムのある音楽は嫌いなんだろうか?」
そんな不安がよぎります。
一応我々も数々のライブをこなし、終わる頃には全員踊りだすような演奏をしてきているという自信もあったのですが、何故か誰も反応しないのです。

●無反応の真相

数曲演奏した時に話しかけてみました。
「もし、皆さんが私たちの演奏をいいなと思ってくれたら、どうぞ手拍子をお願いします」
もちろん反応はありません。
でも私は見つけました。
かすかですが、反応している人を。

その人はまっすぐ前を見てはいますが、膝の上に置いた手の指でほんのかすかにリズムをとっていたのです。
膝を人差し指で「トン、トン、トン」と誰にもわからないように、ほんとにちょっとだけ。
なんだか「シーン」と静まりかえっている会場で見つけた小さな賛同者でした。

演奏が終わり、先ほどの控え室に戻りました。
みんなで「今日の演奏はどうだった?」といういつもの反省会です。
「やっぱりこういうところではサンタナはウケないのかねぇ・・・」というみんなの声を聞いていた刑務官が私たちに教えてくれました。

「皆さんの演奏はとても素晴らしかった。受刑者もみんな喜んでいたと思います。しかしここでは一緒に踊ったり歌ったりすることはもちろん、手拍子やリズムをとることも禁じているんです。」
「!・・・」

一瞬言葉もありませんでした。
踊ったり歌ったりして騒ぐ行為がダメなことはなんとなくわかりますが、手拍子もダメだったんです。
仲間同士で手拍子で合図を送り、脱走の打ち合わせをする人がいるからというのがその理由。
「でも函館の少年刑務所では脱走なんてことはないですよね?」と聞いたところ、「いやそうでもないんです。ついこの間も・・・」とのこと。
いつもTVや映画でしか見たことのないことが、こんな身近なところでも起きてることを知って軽いショックを受けました。

●奇跡の妻

幸か不幸か、私には塀の中で暮らした経験のある友人が何人かおります。
その中の一人は数年の刑期を終えたあと、親の仕事の関係で福祉施設で働くことになりました。
元々成績優秀で真面目な彼は、仕事を始めて数年後に結婚もいたしました。
そのことを彼は友人の結婚式のスピーチでこう話しました。

「私はちょっと前まである理由で、自分が結婚することができるなどということは夢の夢のことだと思っていました。ある晩、仕事に疲れて先に寝入っている妻の寝顔を見たときに、この世に奇跡はあるのだと思ったのです。」
このスピーチを聞いていた友人たちが、その後彼の奥さんを「奇跡の妻」と呼ぶようになったのは言うまでもありません。

●俺はこの曲を塀の中で聴いた

そんな彼に、塀の中の慰問ライブの時の話をしました。
「俺んときもあったんだよねー。そのときは女の子がボーカルのバンドでさぁ、最初は普通に歌ってたんだけど、そのうち盛り上がってきたら服脱ぎ始めちゃって。最後はタンクトップで歌っちゃったのよ。それを見た連中が興奮しちゃって、一緒に踊りだしちゃったんだよね。もうすぐに刑務官が来て連れて行かれちゃったよ。その日から反省房行き。」

あの時指でリズムをとっていた人は、サンタナのことを知っていたんだろうか?
出所してから同じ曲を聴いたら、「俺はこの曲を塀の中で聴いた」と思い出してくれるだろうか?
そしてその時彼は、今度こそ身体を思う存分動かしてリズムを感じてくれるだろうか?
あの曲を演奏するたびにそんな思いが頭をよぎります。

・・・end


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